第二章 概念設計
1999年12月〜2000年11月
語り手:澤田 弘崇 (さわだ・ひろたか)

● プロマネ始動!

ハワイの会議から帰国して、自分がプロマネということで、概念設計を始めました。まずは、どんなミッションにしようかとか、どんな衛星を作ろうかということを、ミーティングを開いて検討しました。かなりちゃんと議論しましたが、二年目のカンサットにみんな燃えていたので、時間はとりにくかったですね。なんといっても、2000年のARLISSでは、5つもカンサットを作りましたから、作業量もすごかったんです。その甲斐あって、この年のカンサットは、かなりの成功をおさめて、満足して帰ってきた覚えがあります。そういうこともあって、キューブサットに関しては、なかなかモノを作るというところまではいきませんでした。自分は、あまり人に強く言えないせいもあって、人の取りまとめをするより、自分でいろいろ考えて作るほうが性にあっているのかな、と思ったこともありました。

● 最初は、テザーで親子衛星

一番最初には、重量や実現性などあまり考えずに設計しました。テザーで結ばれた子衛星を放出・回収する実験をやって、カメラでその様子を撮影したりするミッションを想定したんです。やりたいと思うことをそのまま紙に書いてしまった感じでした。

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Cute-I 1次設計

初期に設計した子衛星は、各種センサやCCDカメラを積んでいて、「子衛星」というには立派過ぎる機能を持たせていました。概念図で書いているときは、できるような気がするんですよね。

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Cute-I 1次設計:子衛星

●二次設計はパドル展開

このころからテザーではなく、パドルを展開しようという話になりました。最初、サブシステムのグループに分かれて、どれくらいの電力が必要かを計算したら、6面に太陽電池をはるだけだと足りないみたいだったんです。それで、パドル型の太陽電池を展開して、必要な電力をまかなおうと考えたわけです。これは、実はあとになって、6面の太陽電池で十分だということがわかったんですが、でもやっぱりパドル展開は入れたかったので、そのままになりました。でも、展開機構など細かいことは考えていませんでした。 一番初めは、4面のすべてが開くという形を考えていました。そうすると、10面で電気が作れるというわけです。それから、一面だけからつながった4面を展開して、打ち上げのときは閉じていて、打ち上げられると一枚になって伸びるような形を考えました。これは、アイディアとしてはおもしろかったんです。重力傾斜を使って、姿勢が安定するという利点もありました。

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Cute-I 2次設計

●三次設計はパドル一枚

ただ、現実を考えると、1枚くらいしか展開はできないということになりました。何枚かのパネルを折りたたむと、かなりの厚さになってしまって、体積的に難しいことがわかりました。10センチメートル立法に入れようとすると、やっぱり無理だったんです。この大きさの制限は、きつかったですね。

その一枚のパドルをどう展開するかという、具体的な固定方法・展開方法などはまだ考えていなかったんですが、とにかく、これならいけそうだなという感じを持ち始めていました。

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Cute-I 3次設計

アンテナの収納方法も苦労しました。このときまでは、中央にまきつける設計にしていました。はじめは、柱以外は10cm×10cm×10cmの中に収めなければいけないと思っていたので、これしかないだろうと思っていました。

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Cute-I 3次設計 : アンテナ

ただ,カルポリから指定された図面の中に「各面から高さ6.5までの出っ張りは許す」というコメントがありまして、その場合は立方体の外に収納しようと思っていました。このことは、表には出しませんでしたが、密かに当時から設計していました。で,本当に全面から出っ張ってもいいのかを確認するために、トィッグス先生とカルポリにメールを出しました。画像つきのメールを送って、「こういう構体作るけどいいか?」と質問したら「OK、OK」という返事だったんです。それで、六面体の一面に隙間を作って、ぐるぐる巻くような、現在の収納位置になりました。


アンテナ収納

合同ミーティングか何かで現在のアンテナ収納方式の構造を発表したら、東大が「そういう収納方法でもいいんだ?」と驚いていました。それから東大も今のXIのような収納位置になった気がします。真似したとかそういうことじゃなくて、東大も前からそういう構造にしたかったんだけど、本当にしていいのかどうかわからないといった感じだったと思います。

● 蓋つき衛星の誕生

最終的には、箱の蓋があくような形にしました。よく、聞かれるんですよ。なぜ蓋がついているのかって。電力のためというと嘘ですから、正直に、「東工大だからメカを入れたかった」と答えるようにしています。実は、電力のためだったら、大変だったことが後でわかるんですけどね。 そんなこんなで、キューブサットのコンセプトを聞いてから一年後に、またハワイで会議があったんですが、そのときまでに、BBMを作り上げることはできず、持っていくことができませんでした。東大は、そのとき、BBMを作ってきていたんですよね。アメリカの大学も、エンジニアリングモデルはおろかBBMだって、どこも作っていないことは事前にわかっていたんです。それでも、きちんとBBMを作ってきている東大は、さすがだと思いました。