Road2Russia
語り手:宮下 直己(みやした・なおき)
● ロシアへ
自分は、電源系の担当者として、衛星搭載準備のためにロシアへ行くことになりました。いよいよだという気持ちで、けっこう気合は入っていました。最初から、WEBでお便りがわりに報告するつもりで、デジカメでたくさん写真をとりました。東京にいるときと違って、けっこう時間がとれたんで、まめにアップできました。昼間は、衛星搭載の作業があるので、作業場に詰めて仕事しているんですが、夕方帰ってから、食事のあとは仕事は何もないんです。自由時間があっても、すごい田舎で遊びにいくところもないんで、時間だけはたっぷりあったんですよ。自分のWEBのURLですか?すみません、これは、すごく個人的なものなので、秘密にしているんです。
● ロシアへの移動
6月10日朝7時に大学を出発ということになっていたので、朝5時に家を出て、大学に向かい、6時に到着して、最後の持ち物チェックをして、成田空港へ向かいました。ロシアの航空会社「アエロフロート」の飛行機に乗るのは初めてだったので、けっこう楽しみでした。10時間の空の旅ですが、時差があるので5時間戻ることになり、12時発で、午後5時に到着しました。着いてからはロシア語しか通じなくて、身振り手振りでの意志疎通をするしかなくて、苦労しました。モスクワでは、古い車に乗っているせいか、排気ガスがひどくて、空気が悪くて、自分は持参のマスクをしました。道路のあちこちでボンネットをあけて修理している車が停まっているんです。空港からホテルまでは30分と聞いていたんですが、高速の真ん中で立ち往生してしまった車がいて、なんと2時間半もかかってしまいました。
やっとホテルに着いて、5日前から現地入りしている先発隊と合流しました。彼らは、もうすっかりモスクワに慣れているみたいで、余裕の顔つきでした。自分たちが宿泊したのは、プロトンホテルという、今回の打ち上げでお世話になる会社の系列のホテルです。ここは、さすが宇宙関係のホテルだけあって、ロビーには、ミールの模型が飾ってあるし、クリーニング袋から、靴べらみたいなグッズにいたるまで、すべて人工衛星のマーク入りでした。
こういうのを見ると、やっぱりロシアは「宇宙大国」なんだなと思います。
クリーニング袋とミール宇宙ステーションの模型
もう夜9時を過ぎていたので、ホテルのレストランで食事しました。ロシアの料理はけっこういけました。
● プレセツクへの旅
モスクワ駅にて
夜7時モスクワ発の電車で、プレセツクへ向かいました。プレセツクでは買い物は不便かもしれないと思って、モスクワのスーパーで水や食料は買いこんでありました。買い物では、日本語はもちろん、英語が全く通じないので本当に苦労しました。ジェスチャーと気合で乗り切りました。
初めての寝台車、初めてのロシアでの列車の旅ということで、けっこうワクワクして乗り込みました。2等寝台なので、4人一部屋のコンパートメントになっています。第一印象は、埃っぽいということでした。夕食も出るんですが、固いパンと固いクッキーと固いサラミなんですよね。ちなみに、朝食も同じメニューでした。このあたりは、冬は寒いんでしょうが、夏はいわゆる白夜で、夜は1時間くらいしかありません。明るいうちに寝て、明るいうちに起きるみたいで、変な感じでした。
車内とプレセツク駅到着
18時間、列車にゆられた後、到着予定時刻ぴったりの午後1時に、プレセツク駅に到着しました。駅には、ロケット打ち上げ会社のユーロコットの送迎バスが来ていました。このバスには、これまでに打上げられた衛星のステッカーがペタペタと貼られているんです。もちろん、自分たちのステッカーも手渡してきました。
このあたりは軍事関係の施設が多いので、自由に歩いてもらっては困るということもあるようです。着いたホテルは、ロコットホテルという名前。ロコットというのは、今回打上げてもらうロケットの名前です。一人部屋できれいな部屋でした。最初に、セキュリティに関する注意がありました。曰く、「部屋から外に向かって写真をとってはいけない」、「現地の人を撮ってはいけない」、「ホテルの周りの一部しか行ってはいけない」などで、かなり制限がありました。
そのとき、午後3時くらいだったんですが、とりあえずランチを食べることになりました。作業場が、ホテルから車で1時間くらいのところにあるんですが、衛星のチェックをするということで、東工大からは澤田さんと中谷さんがランチもそこそこに車に乗り込んで行ってしまいましたが、自分たちはランチをゆっくり食べました。ランチの量が多くてびっくりしました。
● 最終調整
6月13日に、最終調整を行いました。自分はけっこう心配性なのか、前の夜はほとんど寝られませんでした。何度も何度も作業の手順を頭に浮かべて、眠れぬ夜を過ごしました。この最終調整で、もしトラブルがあったら、打ち上げは中止せざるをえません。ロケットは打ち上げ延期ということはないので、自分たちの衛星だけが乗せてもらえない、ということになってしまいます。すべてのチェックを終え、打ち上げOKの状態まで持っていかなければなりません。
この衛星の開発には、3年以上かかっています。何回このために徹夜したかわかりません。開発に携わって、打ち上げを見ることなく卒業している先輩たちもいます。キューブサットは、彼らも含めた自分たち全員の夢であり、子供なんです。宇宙にいったら修理はできないですから、過剰と思えるくらい、念入りにチェックを施しました。キューブサットを一度分解して、最終調整を行いました。最後の自分の担当作業では、日ごろやっていることなんですが、緊張のためか、手が震えました。
特にトラブルもなく、無事に最終調整は完了しました。各系ともチェックを終え、打ち上げOKの状態になりました。完成したあと、緊張が取れたのか、一気に疲労がどっと出ました。
翌日は、最終調整の予備日としてとってあったので、作業は完了していましたが、やはり作業場に行くことにしました。「作業は終わったんだから、どこかに遊びに行こうよ」という、「悪魔のささやき」がなかったわけではないんですが、そこは、みんな気合がはいっていますから。すごいでこぼこ道を走るバスに1時間乗るのはけっこう骨なんですが、それでも「悪魔のささやき」は、無視されました。朝7時半のバスでホテルを出発するため、朝食は6時半からです。ホテルの食事はおいしくて、文句は全くありませんでした。現地では、順番に人工衛星の外観検査などを行い、異常がないかを確認しました。異常は何も見つかりませんでしたから、緊張しまくりだった昨日と比べると、ややゆったり過ごせました。
● ロケット搭載
6月15日の月曜日、いよいよ、ロケットの先端部分に搭載して作業を完成する日がやってきました。前日の日曜日にゆっくり休養したせいもあって、気分は爽快で、朝5時45分に起床しました。今日で、キューブサットを見るのは最後ということで、複雑な気持ちでしたが、最後までしっかりやろうという気持ちでバスに乗り込みました。この日は、これまで以上に綺麗な空間で作業するため、エアーシャワーが必要なクリーンルームに入りました。なんだかきれいになったような気がするから不思議です。
エアシャワー
時間ぎりぎりまで、外観のチェックをして、異常がないかどうかを確かめました。ここで異常が発見されても、どうしようもないかもしれないんですが、でも、ウチも東大のほうも、繰り返し何度も何度もチェックしました。
まず、東大が呼ばれて、東大のXIが装着を開始しました。東大のほうが終了してから、東工大のCUTEが装着を開始しました。台座が用意されていて、そこにくっつけるわけなんですが、取り付け作業をするのは、当然、ロケット会社の人です。
確認作業する学生と、ロシアのベテランおばあさん
ロケット側のスタッフの中に、かなりの年配のおばあさんが、サーマルブランケットと呼ばれる布を縫っていました。明らかにベテランで、米ソ冷戦時代の宇宙開発競争時代から携わっていたに違いないと思いました。「ロシアチック」で、なかなかいい感じでした。
この作業の間じゅう、何かの撮影会なみにみんな写真をとりまくっていて、日本人の写真の撮り方に、外国の方々はあきれていたようでした。でも、無事に、両校とも取り付けを終了しました。キューブサットの姿を見ることは、これが本当に最後です。
● 射場見学
作業が終了した翌日、射場見学に行きました。バスは恐ろしく揺れるし、蚊が多くてさされまくりだし、ツアーとしてはサバイバル系ですが、普通では入ることのできない打ち上げ発射台を見せてもらうんですから、文句はありません。
森の中から、打ち上げ発射台が見えてきました。発射台は一つじゃなくて、たくさんあるんですよ。次々に打てるようになっているんですね。バスは、何重にもなった門を一つ一つ通りぬけていくんですが、そのたびに軍人たちが、乗員をチェックして門を開けてくれるあたり、完全に軍の基地でした。
いよいよ、自分たちのキューブサットをあげてもらうロケット(ロコット)用の発射台に到着しました。なかなか写真の撮影許可がおりなくて、うずうずしていました。現地の軍服を着た方が解説してくれて、通訳さんが英語に通訳してくれました。要するに、この発射台から100回以上も打ち上げをしているが、成功しまくり、ということのようです。キューブサットも、これなら無事に宇宙へいけそうでした。
写真撮影許可が下りたので、みんな写真をとりまくりました。それから、打ち上げ台に上らせてくれるというので、階段をぐるぐる上っていきました。ロケットの高さを越えて、ロケットの先端を上から見下ろすところまできたとき、びっくりしたのは、周りの景色です。もう、森だらけなんです。360度地平線の果てまで見渡す限り、針葉樹林の森が広がっていて、他にはなにもないんです。線路が見えるんですが、人工衛星が取り付けられた台座を電車でこの射場まで運んでくるためのものだそうです。
この後、自分たちは来たときと同じように、18時間、二等列車に揺られ、モスクワに戻りました。キューブサットといっしょにここまで来られて本当によかった。心からそう思いました。
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