嬉し涙の通信系
語り手:岡田英人(おかだ・ひでと)

● 通信系OBの涙

自分は、CubeSatが打ちあがったときには、既に卒業していて社会人となっていたのですが、その日ばかりは会社が終わったあと、研究室に足を運びました。夜中の打ち上げでしたから、仕事が終わってからでも十分間に合いました。

CWの電波が聞こえたら泣くだろうなと思ってたんですが、不思議と涙はでてきませんでした。それよりも、ホッとした気持ちの方が大きかったです。CubeSat開発中は、毎日、通信ができなかったらどうしようと悩んでいたのですから、やっとその不安が取り除けたというのが大きかったです。

次にうれしかったのは、FMの電波が受信できたというニュースを聞いた時です。ちょうど、出勤前に此上さんからメールで、そして宮下君からは電話で連絡がありました。 「パケット受信できたよ」
と聞いた時はちょっと涙がでました。

今、自分は、東大の通信系を担当されていた伊藤さんと同じ会社で働いていて、席も近いのですが、ある日、自分の席に伊藤さんが来られて、 「東大も東工大も通信できちゃったね」
「ええ、できちゃいましたね」
という会話をしたのを覚えています。
やはりお互い、通信ができるか心配だったんです。

● 感謝をこめて

感謝したい方ですか?もちろん、CubeSatを開発するという機会を与えてくださった松永先生・中須賀先生には感謝しています。それ以外では、自分達に気球実験という機会を与えてくださった宇宙研の山上先生を始めとする気球実験に関わった先生方。

それから、気球実験で生じた問題点について色々とコメントを下さった白子さんやアルインコ、マキ電機の技術者の方々。そしてアマチュア無線の方々。アンテナ調整やその他無線機の調整に必要な測定器を貸していただいた、航空高専若林先生や東工大安藤研の方々。

また、通信ミッションの一つであるSRLLプロトコル等の開発においては、当時東工大無線研の船田さんにもお世話になりました。

今思い返すと、通信系ではものすごく多くの方にご協力いただいています。通信に関してど素人の自分の質問に、親切丁寧に、そして無償で答えてくださったこのような方々がいたからこそ、今、CubeSatの通信ができているのだと思います。これらの方々の協力がなければ、東工大のCubeSatは地上と通信できず、無言のまま地球の周りを回りつづけていたかもしれません。

証言:白子 悟朗(しらこ・ごろう)
宇宙に"自分の手作りの衛星を打ち上げたい"というのは、多くの人の共通の"夢"ではないでしょうか。 その"夢"を東工大・東大CubeSatチームの皆さんが実現するという快挙を成し遂げ、それから一年、今も2つの星(Cubesat)が元気に宇宙で囁いていることは、嬉しい限りです。
さて、2000年暮れに松永先生から「東工大大学院・宇宙特論:通信技術」の講義の機会を頂き、それ以来、東工大/東大の先生方、学生諸君と、"宇宙システムにとっての通信の重要性、 要素技術のノウハウ、無線局免許確保、衛星作り全般等々"で、お付き合いをさせていただき、今回の快挙に遭遇できたことは、私の宇宙開発生活四十数年の中でも極めて大きな出来事です。
宇宙システムにとっての通信は、宇宙機と地球との"臍の緒"で、その通信システムを担当した東工大・岡田さんや東大・永島さん等は生みの親であり、応援されたプロジェクトメンバーやJARL、アマチュア無線家を含む多くのサポーターは育ての親と言ったところでしょうか。この体験で、少なくとも機械系学生諸君の通信に対する嫌悪感はなくなり、より深く勉強して経験を積もうという動機付けになったのではないかと思います。 高度で信頼性の高い通信機器を自ら製作することは時間が掛かるかもしれませんが、最低限のツボを押さえた通信機器程度は設計・製作できるようになって欲しいと思います。
また、両Cubesatの経験から、打上げ環境や軌道上で遭遇する宇宙環境を侮ることなく、原理原則を学び、モノ作りの原点(すぐには壊れない確実な物を作る)、論理的展開・工学的アプローチや費用意識などマネジメントを体験し、"やることはきちんと、だめなものはだめ"との倫理観を滋養する等、学校教育や個人スキル等が発揮出来たのではないでしょうか。
これを端緒に、多くの教訓がUNISEC活動を介して生かされ、継続的に後継者や次期チャレンジャーへ継承されることを願っています。