星の想いプロジェクト  2001年10月
語り手:酒匂 信匡(さこう・のぶただ)

このプロジェクトは、私が考えて、提案し、ほとんど一人でやりました。最初、ミーティングで提案したときには、びっくりしました。なぜって、ほぼ全員が反対だったんです。ネガティブな意見ばっかり出てきて、まさか、これほど反対されるとは考えていなかったので、「なぜだ?」と思いましたね。我々の活動を多くの人に知ってもらうことが必要だということは、みんなわかっていたし、どうやって周知させようかということを、よく議論していたんです。それなのに、どうしてだろうと思いました。反対されて、どうしたかですか?私は、これは絶対やるべきだし、自分が正しいと思っていましたから、そこは一旦引き下がったんですが、理論武装というか、方法論武装をしなおして、再度挑みました。このプロジェクトを遂行するには、こういうものが必要で、こういう手順でやってということを説明し、その上で、私が一人で全部できるからいいだろうってことで。

私一人でも、どうしてもやりたかったんです。どうしてって、おもしろいと思ったんです。おもしろそうでしょ?それに、私自身がメッセージを宇宙にあげたいという気持ちがあったんです。できれば、太陽系の外にメッセージを送りたいと思っているんです。自分のメッセージが、太陽系外の宇宙空間をさまよっていて、いつか誰かが読むことがあるかもしれないなんて、想像するだけでワクワクします。太陽系外で誰が読むのかって?うーん、誰でしょうね。

みんなが心配する気持ちも、わかりました。たとえば、一万人の応募があったら、それに対応できるかというと、難しかったと思います。1998年7月4日に、のぞみが火星に向けて打ち上げられましたが、あのとき同じようなプロジェクトで、28万人もの応募がありましたから、キューブサットにも、一万人単位で応募が来ないとは限りませんよね。誰もが、それぞれの作業をこなすので精一杯で、それ以上の負荷がかかるなんて、とんでもないという感じでした。私ももちろん忙しかったですよ。でも、このプロジェクトは絶対にやる必要があるし、その価値があると信じていました。

信念があったせいか、作業はとても楽しくできました。私、ああいう作業、けっこう好きなんですよ。人が喜んでくれることをするのは、嬉しいですよね。募集ですか?ウチのホームページに案内を載せて、それから五月祭のときに宣伝しました。ホームページを見た人からけっこう反応があって、手ごたえも十分でした。葉書にメッセージを書いて送ってもらって、それを写真にとって、マイクロフィルムに焼き付けて宇宙へもって行くという段取りでした。葉書は、どんどんきました。最初に受け取った葉書ですか?名前も募集していたので、名前の部だったと思いますが、たしか「侍魂」と書いてありましたね。「いっしょに乗りたい、飛びたい、地球を見たい」というのもあり、共感しました。全部で196人だったかな。小学校の先生がホームページを見て、クラス全員から送ってもらったりしたのも嬉しかったですね。そうそう、その同じ先生が、キューブサットの打ち上げのときには、いま、中学二年生になりましたというメールをくださったのも、励まされるというか、なんともいえないいい感じでした。

9月26日に、葉書の編集を終えて、一週間くらい後にマイクロフィルム化しました。写真屋さんでやってもらいました。順調と思ったんですが、10月12日に、打ち上げがまた延期になるという通知がきました。打ち上げが遅れても、予定通り作るということにしていましたから、12月10日にはマイクロフィルムを衛星に搭載しました。  

キューブサットの写真を撮って、絵葉書を作り、2002年12月に打ち上げ予定と書いて、申し込んでいただいた方にお送りしました。最初にお知らせしていたよりも遅れていた上に、その遅れた打ち上げ日よりさらに遅れてしまって、「星の想い」を寄せてくださった方には申し訳なかったんですが、宇宙の悠久の流れからすれば、誤差の範囲ですね。