大晦日のフライトモデル完成
語り手:酒匂信匡(さこう・のぶただ)

● フライトモデル完成

打上げが少し遅れることはわかっていましたが、フライトモデルは予定通り年内に完成するということにして作業を進めていました。だから、クリスマスごろにはほとんどできあがっていました。帰省する人も多いので、30日くらいになると、さすがにもうほとんど人がいない状態でした。

2001年12月31日の大晦日に、フライトモデルが最終的に完成しました。帰省する必要のない、私と津田くらいしか、もう残っていませんでしたが、二人で最後を決めました。いつも、何かが完成するときというのは、嬉しいというか、誇らしい気持ちになります。二人とも無言で、しばらくの間、じっとながめていました。

1999年11月に、はじめてキューブサットのコンセプトをトィッグス先生が発表されて、私たちが開発をはじめてから、2年が経ちました。来年は、この小さな衛星がいよいよ宇宙へ行くのだと思うと、なんともいえない感慨が沸き起こってきました。(実際には、宇宙へいくのはさらに2年以上待たないといけませんでしたが)

● ソーラーIの問題

キューブサットの外見は着々と完成に向かっていたとき、実は、どうにも解決できなかった問題がひとつありました。ソーラーI(アイと読みます。電流の意味です)の問題です。太陽電池電流計測センサーの較正式が予想と大きく違っていたんです。その理由がわからなくて、いろいろ検討していました。理由がわからないと、わかるまで徹底的に調べたくなるといいますか、もしかしたらとんでもない不具合が潜んでいるかもしれませんから、不整合という現象があったらその裏に何があるのかは明らかにしなければなりません。

いろいろと考えているうちに、ひとつの仮説が浮かんできました。これは直感みたいなものですから、どんなにつじつまがあいそうに見えても、仮説の検証ができるまでは、工学者としては飛びつくわけにいきません。その仮説は、「基板の抵抗が、検出抵抗に比べて、無視できないくらいに大きいのではないか」いうことでした。私と津田は、まったく別のアプローチでこの仮説を検証したんですが、ほぼ同時に、同じ解にたどりつきました。ほぼ半年かかりました。

目には見えない部分ですが、私にとっては、衛星本体を作るのと同じくらい重要な問題でした。この問題が解決したこともあって、2002年の正月は本当に久しぶりに熟睡できました。

<証言:此上 一也(このうえ・かずや)>
大晦日に高校時代のテニス部の連中が集まったんですが、そのとき津田が、「今日、キューブサットが完成したんだ」と言っていました。「そうかぁ」とは言ったものの、僕自身はちょっと焦りました。ウチのほうは、PFM振動試験が終わった直後で、みんな少し落ち着いてしまっていたところがあったころでした。東工大では、打ち上げが決まらないこともあって、焦って完成させるよりは、まだ時間はあるのだから、じっくり問題点をつぶしていって完成すべきときに間に合うように完成させればよいという感じでやっていたのです。東工大は、打ち上げなどのイベントがあると、信じられないくらいの働きをするのですが、「仮想のXデイ」のためにものすごくがんばるというメンタリティはあんまりなかったかもしれません。このあたりは、 東工大と東大というよりは、自分と津田の性格の違いもあるかもしれないですが。