キューブサットとのお別れ
語り手:酒匂 信匡(さこう・のぶただ) 

私は、ロシアへは行かずに、東京で留守を預かることになっていましたので、キューブサットを最後に見送ったのは、成田空港です。私の大学院生活のすべてをかけて、というと大げさかもしれませんが、この数年間、手塩にかけて育ててきたかわいい娘(私は、どうしてか、衛星は息子というよりは娘に思えます)と別れるのは、なんともいえない気持ちでした。正直に言うと、この成田でのお別れが、全体のプロジェクトの中で、私にとってのハイライトでした。たくさん、嬉しい場面はありましたよ。フライトモデルができあがったときも嬉しかったし、みんなで最初の音を聞いたときも、ものすごく嬉しかったです。でも、最後に送り出した、このときのことを、私は一生忘れないだろうと思います。

いよいよ、ロシアへ出発という前日に、記念撮影をしました。こういう記念撮影は、何回やっても、しみじみします。このキューブサットの場合は、前にも同じようなことをして送り出していまして、そのときも同じような場面がありました。そのときは、事情があって、戻ってきてしまいました。そういう経験のせいか、過度の期待は禁物と思っていたので、あまり喜ばないようにしていました。

成田空港で通関の手続きをすることになっていました。だから、一日前に空港へ持っていく必要がありました。中須賀先生が車を出してくださるというので、東工大も便乗して一緒にいくことにしました。私は、実は博士論文を書いていて、忙しかった時期なんですが、でも、どうしても(キューブサットに)ついていってやりたくて、持っていく役を買って出ました。

通関手続きが必要なものっていろいろあるんだと、そのとき思いました。キューブサットのとなりは、犬だったんです。あまりにそのコントラストがおもしろくて、写真を撮りました。

江野口が成田のホテルに泊まって、キューブサットを預かり、次の日に出発する先発隊がそれを持っていくことになっていました。かわいい娘を旅に出すときの親の気持ちってこういう気持ちなのかもしれません。当初の予定では前日の運搬でお別れのつもりでしたので、ホテルで「行って来い!!」と気合をいれて帰ってきました。ところが、当日の朝、先発隊が、まだバタバタと準備中だったので、手伝おうと思って、急遽ついて行くことにしました。そういうわけで、空港で予定外に再会したときは、思わずしんみりしてしまいました。ただ、また会おうと思えば(軌道上で)会えるわけで、そういう点で、悲しくはなかったです。
ホテルにて、江野口、携帯で激写

  <証言:中田 賢治(なかだ・けんじ)>
通関手続きが終わってから、成田のホテルの部屋に、キューブサットの入ったジェラルミンのケースを運びました。江野口は、衛星のために一泊する予定で、後で来ることになっていました。ホテルですから、ベッドがあるんですけど、酒匂さんは、衛星のケースをベッドの上において、「江野口には床で寝てもらって、衛星をベッドで寝かせよう」と、言っていました。口調は冗談でしたが、目がマジでした。酒匂さんは、空港で、衛星の入ったケースに手をおいて、ずいぶん長いこと、じっと見つめておられました。恋人でも見るみたいに、熱い視線でした。いよいよ最後のときには、手をかけたまま、目をつぶって、念仏みたいな呪文みたいなことを唱えておられました。酒匂さんの衛星への愛情というか、思いいれというか、強い気持ちには圧倒されました。