プレセツクへ −珍道中の18時間―
語り手:りゃん(程 毓梁 Cheng Yuliang)

モスクワからプレセツクへは、寝台列車で行きました。コンパートメントになっていて、一つのコンパートメントには二段ベッドが向かい合わせにあって、4人が寝られるようになっていました。僕は、同学年のケンジとタケイ、それに東工大のプロマネの此上さんといっしょでした。ここでのミッションは、無事にキューブサットを打ち上げ場所のプレセツクに運ぶことでした。僕らのキューブサットがはいった金属ケースは、永島さんとか先生のコンパートメントで、上下に毛布を三重に敷いて、床に大事に置かれていました。毛布は、列車に備え付けのを使いましたが、すごくほこりっぽくて、とても寝るときに使いたいようなものじゃなかったし、けっこう暑かったので、問題なしでした。この毛布のために、ほこりアレルギーの人は、苦しんでたみたいですが、僕はなんとか大丈夫でした。この列車に、18時間も乗ったんですよ。往復で36時間!僕は、日本からキューブサットを飛行機に乗せて運んだ先発隊で、モスクワにしばらく滞在していたので、時差ぼけも全くありませんでした。帰りの18時間は、けっこう疲れていたけど、行きは元気でしたよ。

ロシアの列車って、酔っ払いが多いみたいで、部屋に乱入してくるんです。最初に来たのは、女の人でした。金髪でしたけど、そんなにきれいな人ではありませんでした。ベロンベロンに酔ってたんです。なんだか知らないけど、なれなれしく僕らの部屋でくつろいじゃって。此上さんのひざに乗ったりしてたんです。それなのに、「ハレンチ女、りゃん部屋に乱入!」とかって、此上さんが日本のみんなにメールを流したから、僕が、東京で指揮をとってた酒匂さんに叱られたんです。まじめにやれって。僕がそのとき何してたかって?おもしろいから、ビデオまわしてました。その女の人をやっと追い出したんですけど、その人、出ていくときに、置いてあったチーズの袋をわしづかみにして、持っていってしまいました。

次にきたのが、二十歳くらいの若い男で、上半身裸で、ウオッカをラッパ飲みしてました。
その前に、ジェイミーっていうカナダのMOSTって衛星の担当者が来て、アブセントとかいう、ものすごく強い酒をみんな飲まされたんで、白人で酒飲みの男なら、その人たちの仲間なのかな、なんて思っちゃって、中にいれちゃったんです。

その男は、軍人みたいで、みるからに腕っ節が強そうでした。それで、腕相撲することになって、一人ずつ挑戦したんですけど、もう強くて強くて。みんな負けてしまいました。一通り腕相撲をしたので、何とかそいつも出ていってもらいました。ところが、何を勘違いしたのか、そいつ、勝ったら5ドルもらえると思ってたみたいなんですよ。翌朝、5時くらいに、あちこちの部屋をドンドンとたたきまわって、5ドル払えって騒がれて、えらい目にあいました。ケンジは、そういう騒ぎの前に、「アブセント」を飲んで酔っ払って寝てしまってたんで、何も知らずに、鍵を開けようとするので、みんなで取り押さえました。結局、ヨークさんというユーロコットのプロマネの人が来てくれて、そいつと話して、その場をおさめてくれたんですが、まいりました。僕、中国語ならネイティブなんですけど、ロシア語は、全然わかんないし。

酔っ払いが外から乱入したり、中で発生した酔っ払いを介抱したりで、けっこう忙しい道中でした。ケンジは何も覚えていないんですが、僕とタケイで、介抱してやったんですよ。翌朝、東工大の松永先生に、「君ら、うるさいね」と言われてしまいました。

でも、無事に衛星をモスクワからプレセツクへ運ぶミッションは達成できたってことで、めでたし、めでたしでした。