地上局の攻防 その2
語り手:大石 力(おおいし・ちから)

● 軌道推定ゲーム

結局、軌道推定ソフトはできなかったので、どうしようと思っていました。NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)がレーダーで見つけてくれるんじゃないかというかすかな希望はありましたが、キューブサットはNORADが見つけられるぎりぎりの大きさだというので、難しいかもしれないと思っていました。ちょっと前に、マイクロラブサットというNASDAの衛星から放出した小さな物体は、NORADでは見えなかったので、これはまずいかもしれないと思っていました。

当日

そういうわけで、僕としては、不安なままに打上げに突入してしまったという感じでした。ヨーロッパのほうでキューブサットの音が聞こえたという情報に、みんな喜んでいましたけど、僕は、一人で、「どうしよう」と思っていました。みんな、打ち上げて、音が聞こえて「ハッピーエンド」のシナリオを持っていたんじゃないかと思うくらい、その後のことについては無頓着だったと思います。

当日

僕は、その後のことしか頭になくて、どうやって軌道を推定しようかと、そればっかり考えていました。最初のパスは、ロケットの初期軌道とか衛星切り離し予定とか、ロケット側の情報がもらえるので、何とかなるとふんでいました。それほど大きくずれないうちに、衛星が日本上空にくる時間を推定しないといけないと思っていました。

ところが、ロシア側からきた情報を入力しようとしたら、そのフォーマットの中に、僕らの知らない軌道要素が書いてあったんです。津田・ヤマゲン・中須賀という豪華メンバーに加わってもらって、検討しました。先生は、ご存知だったようで、最後は先生が持ってこられた本で、解決しました。後で聞いたら、ロシア側からはフォーマットが少し前に来ていたそうなんですが、地上局チームには届いていなかったんです。それから、リャンに変換プログラムを大急ぎで作ってもらって、無事に入力して、その日のパスの時刻はわかりました。みんながお祝いしている間も、地上局チームは、ずっとコンピュータと格闘していました。小田は、ずっと菅平の電通大の施設に泊り込みで行っていました。

九大は、軌道推定ソフトを完成させたという噂だったので、一週間くらい前に、電波をとってくれるように頼んでおきました。でも、ウチのキューブサットは、最初、電池がなくなっては困るので、あまりしゃべらないようにしていたんです。通常の10%くらいしかビーコンを出さないので、聞こえなかったみたいでした。しばらくは、東工大から情報をもらって、しのいでいました。そんなふうでしたから、NORADが見つけてくれたときは、ほっとしました。NORADが見つけた衛星のうち、どれがウチのものなのかがわかればいいわけですからね。

デコード率向上

打上げてから、しばらくの間、デコード率が悪く、アップリンクもあまり通らず、頭が痛かったです。地上局は何をやっていたんだ、なんていわれるんですけど、何度言っても誰も手伝ってくれなかったのに、いまさら何だって感じもありました。そうはいっても、やっぱり気になりますから、いろいろなことを考えては試してみました。運用が始まったら、みんな興味も持ってくれるようになりましたし。

屋上のアンテナのビデオ撮りを、ためしにやってみました。そしたら、ものすごい勢いで揺れているんですよ。上下方向にです。全然知識のない人(筆者注:実は筆者です)に撮ってもらったんですが、「アンテナが、健気に電波をさがして、ダンスしてるみたいに揺れていた」と、感激したようにいうのを聞いて、びっくりしました。だって、そんなはずはないですからね。ビデオを見たら、確かに、異常なまでの揺れ方で、すぐにアンテナの確認に行きました。そしたら、制御のゲインが強すぎたんです。えーと、つまり、速い・遅いというつまみがあるんですが、それが「一番速い」にあっていたので、「一番遅い」に合わせました。そしたら、デコード率が著しく向上しました。

アップリンクのとおりが悪かったときには、先生が知恵を貸してくれました。ドップラーシフトで周波数が多少ずれるんですが、アマチュア無線の常識では、ダウンリンクは430Hzだから、ドップラー量が多いので、周波数に反映させるんですが、アップリンクの場合はドップラー量を反映させないんだそうです。で、僕らもずっと常識に従っていたんですが、先生が「そうかあ?」とおっしゃって、コリコリ手計算をして、「この式だから、これを入れて」といわれて、アップリンクにも入れてみたら、確かによく通るようになりました。

七月の終わりくらいには、「箱入り娘」が不調になってしまいました。「箱入り娘」ですか?こういう名前をつけるのは、酒匂さんだと思うんですが、アンテナコントローラーをコントロールするところで、箱に入っているのでそういう名前らしいです。津田さんが三年以上前に作ったものです。それがたぶん、ローテーターを新しくしたために、不整合を起こしたんだと思います。もしかしたら、ずっと前から調子が悪かったのかもしれないんですが、原因が特定できなかったので、わからなかったんですね。リャンが基板から作り直してくれて、よくなりました。しばらく、「箱出娘」になっていました。

今後のために

運用してから、はじめてわかったことはたくさんあるんですが、その中でも僕らがUNISECのワークショップで議論していた「シームレス地上局」のコンセプトが、いかに矛盾をはらんでいたのか、思い知らされました。いま、アマチュア無線家の方がやってくださっているように、受信するだけの地上局なら問題はないんですが、アップリンクを通すためのコマンドは、公開できないので、当初話し合っていたような「シームレス地上局」を作るのは難しいんです。

コマンドがもれると、悪意がある人や、悪意がなくても間違った操作をする人がいた場合、困ったことになってしまう可能性があるからです。最悪の場合、衛星の機能を停止させてしまうこともありえます。アマチュア無線帯を使わせていただくには、暗号化してはいけないという決まりがありますし。信頼できるところが衛星をあげて、相互にコマンドを教えあって、ということであれば可能かもしれませんが、そうでなければ、これを実現するのは難しいと思いました。

僕は、あと半年で卒業する予定なので、運用にみんなが興味を持っている間に、次の衛星をあげるための準備をしてほしいと思っています。軌道推定ソフトを完成すること、それから、もう少し地上局にお金を使って、アンテナとか整備してほしいですよね。今、キャリブレーションをどうやっているかというと、方位磁石をもって、ローテーターの向きを較正しているんですよ。プロなみの知識を持っていた小田も、柏キャンパスへ行ってしまうし、ここらで、しっかり考えて体制を作らないと、次にあがる衛星のときも、ドタバタと同じことが起こってしまうかもしれません。

いろいろ言いましたけど、僕は、キューブサットに関われてよかったと思っています。去年、作って打ち上げたカンサットのほうが、実際にたくさんさわれたので、愛着はありますが、キューブサットはやってよかったと、心底思います。このプロジェクトのハイライトですか?そうですね。僕にとっては、打上げ後の一週間ですね。一日も家に帰らず、ずっとつききりでした。パスとパスの間に少し睡眠は取れるんですが、泊り込んで、もう、それだけを考えていました。

ときどき、ふっと考えることがあります。もし、四年生のときに中須賀研究室に来なかったら、どういう大学生活だったんだろうって。何か実験して、論文を書いて、学会で発表する生活だったのかなあと思うんですが、それってどういう生活なのか、想像できないですね。プロジェクトなしの大学生活は、考えられないです。