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板倉コンペ2003物語

● はじめに

2003年の板倉コンペは、大変残念ながら、雨のため中止となりました。
三ヶ月を費やした入念な準備のあとに、こういうことがあるというのは、人の能力や努力の及ばない自然の大きな力を知るという意味ではよかったのかもしれませんが、なんともやりきれない想いが残りました。

板倉コンペとは?

気球から放出した飛行体が、自律的に制御して、目的地点にいかに近く落下するかを競う大会は、アメリカでも行っていますが、ここ板倉町では2年目です。板倉町は、東武日光線で東京からは一時間半くらいの新興住宅地です。板倉町との出会いは、電線のない広い場所を探したら、たまたまここにあった、というご縁。小さなご縁が、大きな実りになることはよくあることで、板倉町のご協力を得て、板倉ニュータウンの北側に広がる、稲刈り後の田園地帯を使わせていただいています。

でも、前向きであれば、どんなことからでも何かしら得るものがあるはずです。いつだって、起こるすべてのことは、何かのプロセスなのですから。よい物語にするのも、悪い物語にするのも、心の持ち方一つでしょう。参加されたすべての方にとって、よい物語の一ページとして、記憶に残ることを切に望みつつ、時系列で、板倉コンペをふりかえってみます。

● 前日の中止決定

11月27日(金)
天気予報が少しはよくなることを期待しながらも、最悪のケースに備えて、中止の場合の対応策を相談。板倉町役場や中学校の協力を頂くことになっているので、中止の場合は早くお知らせする必要がありました。自分勝手にやっている活動はないので、決行か中止か、早い段階で決めないと、自分たちだけでなく、協力してくださる方々に迷惑がかかってしまいます。 前橋の気象台の予報によると、土曜の朝8時以降は雨。正午から激しくなる可能性あり。日曜は90%の確率で雨。ぎりぎり待って、午後3時の時点でイベントの中止を決定しました。イベントとしては中止ですが、早朝の可能性に賭けて、早朝に決行することにしました。気球連盟のパイロットたちも快諾してくれました。参加12チーム中、11チームまでが早朝でも参加するとの意思表示。 こうなったら、もう徹夜でしょう。それでもやりたいという気持ちが集まると、何か前向きなエネルギーが生まれるみたいです。

● フィールド・オブ・ドリームス@板倉

11月28日朝5時半。
ありがたいことに、雨はまだ降っていません。風があるのが気になりますが、これならできるんじゃないかと、淡い期待を抱きます。まだ真っ暗な中、東大お手伝いチームが到着。全員が昨年の参加者です。今年は出場はしないけれど、ボランティアでお手伝いにきてくれました。一番乗りと思いきや、日大チームが先に来ていました。しかし、乗っている4人は全員、車の中で熟睡中。たぶん、徹夜で準備して、そのまま車を運転してきたのでしょう。

続々と、群馬県板倉町の稲刈り後の田んぼに車が続きます。まるで、ケビン・コスナー主演の「フィールド・オブ・ドリームス」の映画のワンシーンのように、誰も来るはずのない、何もないはずの田んぼに、車のライトが連なって、こちらに向かってくるのです。

集合時間は6時半。ほとんどのチームが、その時間には集まっていました。それぞれ、車から降りて、飛行の準備を始めます。だんだん夜があけてきます。雨はまだ大丈夫のようです。


車を並べ、車中で準備に励む各チーム

目標地点に、日大チームが用意した青い布を敷き詰めます。日大と東大は、カメラで布をキャッチして、誘導するというハイレベルの技術に挑戦しており、ここで結果を出したいと考えていたようです。


青いターゲット地点


● 有人気球飛行不能

気球連盟の皆さんが到着。風を見て、ぱらつく雨を見て、「飛行不能」と判断されました。経験豊かな気球パイロットが言うのですから、間違いはないでしょう。

でも、そこであきらめず、係留気球を使うことになりました。これが7時半のことです。東大のちょっと年期の入った気球にヘリウムガスを詰めます。小雨だった雨がだんだん本降りになってきて、気球から落ちてくる冷たい水滴に顔をしかめながらも、作業は続けられます。金属性のガスタンクを押さえる手が、いかにも冷たそうに真っ赤になっていきます。7時40分。なんとか気球を膨らませましたが、風が強く、高い高度は望めそうにありません。

● 慶応大の新型飛行体


慶応チームのグライダー

これまで、板倉コンペでは、パラフォイルを使うチームが圧倒的に多かったのですが、慶応大チームは、グライダーを作ってきました。8時10分。自信作を放出機構に入れて、いざ、気球にとりつけ。放出機構には、3分後くらいに放出されるスイッチがついています。係留気球の糸をどんどん繰り出していきますが、強風のため、気球は水平方向に距離を延ばすばかりで、上に上っていきません。 いよいよ、放出の瞬間。息を詰めて見つめる一瞬です。しかし・・・
「ありゃ」
なんと、放出機構のふたはあいたのですが、グライダーについていた糸がからまって、放出機構からぶらりと垂れた状態のまま、飛べないグライダーはゆらゆらとゆれていました。

それから、係留気球の糸をぐるぐるとまきとって、次の飛行の準備をします。これは体力がいる仕事です。8時30分。ヘリウムガスを入れなおしました。しかし、穴があいているのか、入れてもすぐにぬけていくようです。支えている人たちは、もう、びしょぬれです。

● 唯一の落下成功チーム


GPS取得を狙う東工大3年生チーム(左)と、
松永研チーム機体計量(右)

雨足が強くなってきました。もうやめようという雰囲気の中、東工大チームが準備をしてきたので、これだけでもあげようということになりました。東工大は二機。松永研チームと、三年生のチーム。どちらも準備ができたようにみえて、最後の一歩でもたついてしまいました。GPSが取れない三年生チーム。リセットする羽目になってしまいました。松永研チームのほうは、「スイッチがはいっているのか?」「もういいよ、あげてしまえ」という、かなり危ないやりとりのあと、気球にとりつけられました。雨防止用にサランラップを巻いてありました。このサランラップは、JAXA若手の「現場主義チーム」からもらったそうです。でも、やはり気球の高度が全然あがりません。低いところから、ボソッと落ちて、制御する間もありませんでした。しかし、唯一の「落下成功チーム」となりました。

雨がもう本降りです。足元から湿気と寒気がじわじわと上ってきました。ここで完全に中止となりました。後片付けをして、撤収し、報告会の会場に向かうことになりました。

● 大報告会

全員が、板倉南部公民館に移動します。
10時半には、ほぼ全員が到着しました。ここには、広い畳敷きの部屋があります。昨年も、板倉町のご好意に甘え、この部屋に泊まって準備をした記憶があります。今年は、大会というより、発表会になってしまいました。

10時35分。報告会を行います。司会は、UNISON代表の宇井さん(東工大博士課程二年)。
日本気球連盟の方や、モーターパラグライダー日本記録保持者の方など、応援に駆けつけてくださっておられ、ご挨拶をいただきました。差し入れもたくさんいただきました。多くの方に興味を持っていただき、また、応援・支援していただいてありがたいことです。雨で、すばらしい飛行を見ていただけなかったのが今更ながらに悔やまれます。

でも、気を取り直して、各チームごとの発表を行いました。順番は、気球からの放出の順番と同じです。


No1&2 慶応義塾大学

慶応義塾大学狼研究室は、研究室をあげての参加。学生自身の命名による「ヤングカルビチーム」の応援に、先生も、朝2時に起きての参加だそうです。衛星に「しお」と「たれ」という名前をつけるセンスは、さすが慶応です(?)。本当は、しおチームとたれチームで成績の悪かったほうが、よかったほうに、焼肉をおごることになっていたそうなんですが、1チームのみの参加となりました。グライダーという、本大会初の試みと、それを円筒にたたみこむ工夫の妙に、会場は騒然(ちょっと大げさ?)となりました。

折りたたまれた翼
開いた翼
折りたためる翼


No.3 東工大松永研

9月のARLISSでやや不完全燃焼だった松永研チームは、同じ機構に磨きをかけて出場。パラシュートが開いてからパラフォイルが出るという二段構えの作りです。「なんで、そんな面倒なことするの?」などと聞いてはいけません。糸の絡み対策ということもありますが、限りないチャレンジをすることにこそ、価値があるんです。技術は、そうやってうまれていくものなんです。


No.4 東工大3年生チーム
(びふぉーあふたーず)

こちらは、9月のARLISSで、最年少チームでした。今回は、高専の5年生がいるので、最年少ではありません。ARLISSでなかなかの成功をおさめた350ミリリットルジュース缶サイズの衛星で登場。GPSはもちろん、無線もセンサーも搭載していて、小さいながらも高機能。出場チームの中で、一番小さなパラフォイルを操縦して、スイスイ帰ってくる予定でした。


No.5&8 都立航空高専

今年初参加で最年少のチーム。卒業設計として、1年半前から準備をすすめてきました。航空高専は、水曜日以外はびっちりと授業があるので、作業ができるのは、水曜と土日と夜だけだそうです。その中で、2機製作しました。1機は、GPSと2つのサーボで制御するもので、パラフォイルは、ちょっとプロの助けを借りました。もう一機は、ESPARアンテナという特殊なアンテナを使ったユニークなカンサットです。これまで、アンテナ指向性で制御という発想はありませんでした。最年少チーム、なかなかやってくれます。卒業前に花を咲かせたかったのに、雨に降られてしまって、残念。


No.6 九州大学

九州から飛んできた精鋭3人。ARLISSの機体を改良し、さらに軽量化するために使ったCFRP(炭素繊維強化プラスチック)は、自宅のオーブンで焼いたそうです。ARLISSの舞台、ブラックロックという名前をつけて、その名に似つかわしい真っ黒な機体を作ってきました。カムバックコンペ出場の目的以外に、太陽センサーに三軸ジャイロに磁気センサーを積み込んで、万全の準備をしてきました。本当に、天気が恨めしいという表情の3人でした。


3人の運転手をしてきた平山先生は、手作りの放出機構を披露。市販のプラスチック製のビールピッチャーのようなビーカーを使用しています。お値段は千円ぐらいだそうです。取っ手と注ぎ口がついているのが、庶民的でなんともいい感じ。感じがいいだけではありません。リモコンで一瞬にして観音開きのふたが開き、一気に、なかのカンサットが落ちる仕組みも実演。高度100メートルでの実験はすでにクリアしており、水平距離では200メートルでもいけるそうです。


No.7 東京大学

東大チームは、ARLISS2003というチーム名で参加。ARLISSでの失敗と悔しい気持ちをバネに、改良と調整にあたってきました。コンペ数日前に、SmartMediaへの書き込み・読み出しに成功し、GPS捕捉問題も解し、更に、高い信頼性のあるパラフォイルの調節法を獲得し、はじめて「自信を持って」臨みました。天気のせいとはいえ、できなかったことが残念でならないといった表情で、淡々と発表しました。
 


No.9&11 日本大学

映画マトリックスをもじって、NATRIXと名づけたチームは、ARLISSで成功したカンサットをさらに強化して、RevolutionとReloaded の2チームが参加。一機は、カメラで目的地点を捕捉できるもので、そのために早朝から、目標地点に青い布を敷き詰めました。もう一機は、放出されるとふたつに分かれる衛星で、ふたつともゴールを目指すという野心的なものでした。シンクロしながらゴールに向かう勇姿が見られるはずでした。

 


No.10 市民科学研究室

今回は、早朝に来る足がなくて、不参加となりました。学生時代に宇宙工学を学んだ方や現役の宇宙機関で働くバリバリのプロを含む社会人チームなので、期待の声が高かったのですが、来年に期待したいところです。


No.12 現場主義

JAXAの若手チームです。元気な若手が大人数で参加。昨年は無念のきりもみ落下でしたが、今年は、有人気球を使ってのリハーサルで、50メートルを切ったそうです。「たみお二世」という名前の由来が傑作。「民生」と書くそうですが、宇宙業界で「民生品」を使うのは、それだけでチャレンジングなことなのです。全員社会人なので、定常業務が終わった夜と土日を費やして製作していて、時間のやりくりが大変だそうです。試験をして機体が壊れると、構造系グループが徹夜で作り直すという繰り返し。いやな顔一つみせず、ニッコリ笑って徹夜で直す。さすが社会人チームは違います。資料をきちんと作ってきて配布してくれた、唯一のチームでした。


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